【両親の考え方が違うことのメリット】自分で結論を出す機会になる

子育てをしていて、問題に行きあたったとき、ご主人と意見が違うことってないですか?

うちでは、長女がバスケをやっているのですが、やめたいと言い出したことがありました。

私の意見としては、「やりたくないものを無理に続けるのはつらい」という点を重視して、やめても良いのではないか?という意見でした。

が、主人は、「初めて間もないし、自分からやりたいと言い出したのだから。あきらめ癖がついたら困る」ということで、もう少し続けてみたら良いのではないか?という意見でした。

両親の意見が違っては、子どもが混乱するのではないか?と思われるかもしれませんが、うちでは、この両親の意見が違うことはメリットだととらえました。

というのも、うちの長女は自分の意見を表出するのが苦手です。意見を持っていないのか?と思うほど「どっちでも良い」「どうしよう?」が口癖なのです(;’∀’)

もちろん、やって良いことと悪いことの区別がつかないような、幼い子供であれば、親の意見は統一した方が良いという場合もあるでしょう。しかし、うちの長女は小学校3年生。

これで、もしも両親の意見が同じだったならば、よっぽど我が強かったり、自分の意志をハッキリもっていたりしない限り、親の意見に流される年ごろではないでしょうか?

「ママが言うなら…」「パパが言うなら……」と、自分の気持ちとは反対の選択をすることもあるでしょう。

しかし、両親の意見が反対だったりすると、結局は「自分で決めなさい」と親も言うしかありません。その機会が自然に作られるのが、親の意見が一致しないときなのではないかと、最近思いました。

 

日本の教育は、自分で選択したり、自分で考えたりする機会が少ないようです。すでに答えが出ているモノを覚えることが教育とばかりに、正しいとされる答えを出すことを求められます。

考え方も教えられ、答えも教えられ、「これが正解です」という世界に慣れきっている子どもたち。

もちろん、私もそういう教育を受けてきました。そして、成績が悪くなかった分、答えが決まっていない問題は解きたくないのです。自分の人生は、答えが決まっていない、もしくは、解き方がどこにも載っていないので、解くのが怖いのです。答えを出せないのです。

大人になった今、日本の教育とは、教育を受ける側のためを思って作られたものではないことに、やっとで気づきました。

生きていくためには、自分で何度も選択し、決断する必要があります。

敷かれたレールの上を走っていれば安泰だった時代は、もう終わりました。これからは、自分で選択、決断し、それぞれ自分の道をみんな進んでいく時代です。

子どもたちにも、それを知ってもらえたら良いなぁと思います(*’ω’*)

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