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生きている意味が分からないアナタへ | 見つけた2つの答えを教えます

生きる意味とは?|あおいわし

なぜ生まれてきたの?

生まれる必要性って本当にあったの?

そんな疑問を持ったことが、一度はあるでしょう。

特に、つらく苦しい経験をしている最中は、「どうしてこんなにつらい思いをしないといけないの?なんで生まれてきちゃったの?」と考えてしまいますよね。

私も、生きている意味を感じられず、地獄のような日々を過ごしていた時期があります。

なんで生きてるんだろう?

生きている意味が分からない。

生きる意味を失ってしまった……。

そんなあなたに、生まれてきた理由と、私たちが悩み苦しみながらも生きる意味について、

お伝えします。

人間が生まれてくる意味

私は、前世や死後の世界などに興味を持ち、たくさんの本を読み漁りました。

死んだらどうなるの?生まれてくる前はどんなことをしていたの?そして、なんのために生まれてきたの?

本を読み、自分の感覚と照らし合わせた結果、私の中では一つの答えにたどり着きました。

それは、

「楽しむために生まれてきた」

「魂を成長させるために生まれてきた」

と考えることをみなさんにオススメしたい

ということです。

マイワシ

ちょっと待って、「オススメしたい」って、どういうこと…?

生きる意味はこれだ!と断定せずに、「これをオススメする」と表現したのには理由があります。

以下で解説します。

人間は、いろんなことを「経験するため」に生まれてくる

私が、人間が生まれてくる意味として最終的にたどり着いた答えは、

【生まれること、生きることに、誰かから与えられた意味なんてない。】

ということ。

生まれる前に神様と約束してきた、という話を聞いたことがあるかもしれません。自分で人生の目標を設定してきた、とか、両親を自分で選んだ、という話も聞きます。神様から与えられた使命がある人もいるかもしれません。

しかし、今生きている私には、その記憶はありませんし、あなたにもないでしょう。

「だから約束なんて嘘だ」と言いたいのではありません。私は、宇宙意識や目に見えない存在を信じていますので、神様との約束や、輪廻転生はあると思っています。

ただ、今生きている私に、はっきりとした前世の記憶はないのです。「たぶん私は過去にこんな生活をしていただろう」という感覚はありますが、それは私の勝手な妄想かもしれません。

私の感覚が、前世の記憶なのか、ただの妄想なのか。それはわかりませんが、どちらにしても、「必要ないから忘れている」もしくは「忘れる必要があった」から、今は覚えていないのだ、と私は解釈しています。

もし神様との約束があったとしても、なかったとしても、今生きている私たちには、知るすべがありません。

だから、生まれてきたことに意味や使命があってもなくても、どちらでも良い、というのが私の考えです

意味や使命がないのはさみしい、と思う人は、意味を持って生まれたと思えば良いし、

意味や使命なんて関係なく自由に生きたいと思うのであれば、そんなもの存在しないと思って生きて良いのです。

どちらでも、自分で好きなように選ぶために、生まれる前のことを忘れてきたのです。

ただ、私は全人類が神様から与えられた使命がひとつだけあると考えています。

それは、「経験すること」

つらいこと、楽しいこと、悲しいこと……

とにかくなんでも良いから経験しなければならない。これが使命だと考えています。

人間として地球に生まれたからには、「経験しない」とういうことはできません。

そして、人間はプラスの感情を好みます。できれば楽しく嬉しい方が良いですよね。良いことがない人生だと、生きている意味を感じられず、最悪の場合、死を望んでしまう人もいます。

そこで、私は以下の2つの「生きる意味」を信じることをオススメしています。

人間は「楽しむため」に生まれてくる

私は、人間は人生を楽しむために生まれてきた、と思っています。

こちらの本では、人生を旅行に例えています。

体はあの世で借りてきたレンタカーで、人生は旅。私は、この表現がとてもしっくりくると感じています。

旅行に行く際、たいていは、「午前中は〇〇遊園地に行って、午後は〇〇動物園に行って、〇〇でご飯を食べて帰る」というように、目的地とおおよその時間を決めますよね。

生まれる前の神様との約束というのは、この旅行計画みたいなものなのかな?と思っています。

そして、この世での遊園地や動物園にあたるのが、「人生のトラブル」なのです。(もちろん、トラブルに限らず、良いイベントも計画してくるとは思いますが、今回はトラブルに焦点を当てたいと思います。)つまり、「トラブルを乗り越える」というアトラクションを体験するために、人間は生まれてきたのではないでしょうか。

その他にも、行く途中で渋滞にはまったり、なくしものをしたり、予期せぬトラブルに見舞われることもあります。本当は遊園地に行こうと思っていたけど、トラブルで時間がなくなってしまったから、あきらめて動物園に行ってしまおう、などの、予定変更を余儀なくされることもあります。途中でイライラすることもあれば、ケンカになってしまうこともあるでしょう。

マイワシ

楽しむために生まれてきたのなら、どうしてこんなに、つらく苦しいことばかりなんだろう?

その疑問もごもっともです。

実際私も、生きている意味を感じられず、生きる気力を失っていた時期がありました。

ただ、もし、人生がいわゆる「良いこと」しか起きなかったら……つらいこと、苦しいことが絶対起きないと分かっていたら、本当に楽しいでしょうか?

生まれながらに美しく、好きなものを好きなだけ食べてもモデル体型をキープできて、本を読まなくてもなんでも知っていて、働かなくてもお金に困らないから、朝はいつまで寝ていても良い。

しかし、これはあなただけではなく、全人類がそのような生活をしているので、美人でモデル体型だからといって、優越感に浸れるわけでもない。みんながなんでも知っているので、学ぶ必要も、教えてあげる必要もない。

受かると分かっている高校受験の合格発表は、ワクワクドキドキハラハラ…なんてしません。OKをもらえると分かっている愛の告白は、一生懸命考えたり準備したり悩んだりしなくても良いので、ただ一言「愛してます、付き合ってください」と伝えるだけです。

何の苦労もトラブルもないこんな人生は、本当に「楽しい」のでしょうか?

もちろん、楽ではありますが、それこそ「生きている意味が分からない」状態なのではないでしょうか。

旅行って、あとから振り返ると、スムーズにことが運んだときよりも、むしろトラブルがあった時のほうが思い出に残る、なんてこともありますよね。

ゲームは勝つかもしれないし、負けるかもしれない。そんな状況で勝つから楽しい。

楽しいという感情は、ある程度の落差が必要なのではないかと思うのです。

真夏の暑い日に外で運動したあとの、冷房の効いた部屋は天国です。でも冷房の効いた部屋でずっと過ごしている人には、そのありがたみが分かりません。むしろ、寒くて嫌になっているかもしれません。

つらい、苦しい、怖い…マイナス感情を知っているからこそ、プラスの感情がより素敵なものに感じるのです。いわば、マイナス感情は、幸せや楽しさを感じるためのスパイスのようなものですね。

楽しいという感情が感じられなければ、人間は死を選んでしまうかもしれません。でも、「経験するため」に生まれてきた人間は、できるだけ長く生きてたくさんの経験を積みたい。そのためにも、人生を楽しむ必要があるのです。

地球は遊園地であり、人生はゲームです。

深刻になり過ぎず、「せっかくだから、何でも楽しんでしまおう!」と考えることで、可能な限り長生きし、良いことも悪いこともたくさん経験するために、人間は生きています。

人間は「魂を成長させるため」に生まれてくる

また、私は人間は魂を成長させるために生まれてきた、と考えています。

楽しむためだけだったら、「自分さえ楽しめれば良い」と考えてしまう人が必ず出てきます。しかし、そんな人ばかりだったら、すべての人間が「楽しく幸せに生きる」ことが難しいのは、想像できますよね。

人間は、何度も生まれ変わってカルマを解消している、という話を聞いたことがありますか?

カルマとは、占い用語集によると、

「過去(世)での行為は、良い行為にせよ、悪い行為にせよ、いずれ必ず自分に返ってくる。」という因果応報の法則のこと

一部抜粋

コトバンク

とのこと。

カルマ=悪い因果、と言われることもありますが、この記事では「カルマ自体に良い悪いはない」という解釈でいきたいと思います。

カルマを解消する、というのは、過去世でしてきた行いの結果を受けとる、ということだと、私は考えています。

単純に言うと、良い行いをしてきたのであれば良い結果が、悪い行いをしてきたのであれば悪い結果が、今世に起こる、という感じです。

先ほどご紹介したこちらの本でも、輪廻転生のことが少し紹介されています。

この本では、「自分の魂を漂白し、真っ白にすることが目的」と表現されています。この、「真っ白にする」というのが、魂を成長させることだと私は考えています。魂を磨く、人間性を高める、などとも言い換えることができます。

私の「魂の成長」のイメージは…

人間が地球に誕生したばかりのころは、人間の魂はみな赤ちゃんのような状態だったと思うのです。赤ちゃんは、とにかく自分の思い通りに過ごします。他者なんて関係なく、自分が泣きたければ泣き、他人の物だろうが欲しければ取る。大昔は、多くの魂が赤ちゃんで、それゆえ争いも絶えなかった。

そして、魂は幼児になり、小学生、中学生、高校生と成長し、大人、さらには達観した仙人のようになり、もう成長しきったな、というところで転生が終了する。

そんなイメージを持っています。

同じ教室で勉強しているのに、勉強の理解度がバラバラなように、魂の成長にもバラつきがあるのだと思います。同じ時期に学びをスタートした魂でも、片方は赤ちゃんのままなのに、もう片方は中学生くらいまで進んだりするのではなないかと。他人をイジメてしまうような人は、身体は大人でも、魂は赤ちゃんのまま。逆に、身体は子どもでも魂は大人で、他者の行いを客観的に見ることができる人もいるでしょう。

このように、地球と言う学校で、輪廻転生の終了を目指して学んでいるのが、私たち人間なのではないか、と私は考えているのです。

基本的には、魂は成長したがっているものなのだと思います。子どもがある程度大きくなると、自分でやりなさいと教える前に「自分でやりたい!」と自ら自立しようとしますよね。もちろんそれは、成長しないと生きていけないからですが、魂も同じなのだと思います。

動物も植物も、期間の差こそありますが、すべての生物は自ら成長しようとします。本能として「成長したい」という欲求が、もともと生き物には備わっているのだと考えます。

ただ、いろんな人間がいるのと同じで、いろんな魂がある。「本当は成長なんて面倒なことやりたくないなぁ」という魂も一定数存在していると、私は考えています。植物や動物だと、淘汰されてしまって私たち人間の目に触れることがないだけで、植物や動物にも一定数そういう個体はいるのかもしれないですね。

魂が赤ちゃんだったとき、人間の多くはテストで赤点を取ってしまったんですね。大きな穴を掘ってしまった。そして、その穴を埋めるために、何度も転生を繰り返している。成熟した今、過去に掘ってしまった穴を埋めて、また平らにするために、今世生まれてきたのです。赤点をとった部分の再テストをしている、という方がしっくりくるでしょうか。

このテストは何度でも挑戦できる。そして、満点を取るまで何度でもできる。そんな感じなのかな?とイメージしています。

魂を成長させるために生まれてきた、という考え方を信じることの利点としては、人間的に成長すると、幸せになれる、ということです。

成長すること自体が嬉しく楽しく、幸せなことでもありますが、自分が成長することで、自分の周りに集まってくる人が成熟した魂の持ち主だらけになるのです。

小学校では小学生の友だちができ、大学では大学生の友だちができます。そんな風に、自分の魂レベルに合った人とつながりやすいので、自分が成長するにしたがって、変な人は寄って来なくなります。

どうして生きなきゃダメなの?

生まれるときは、成長しよう、楽しもうとして生まれてきたとしても、それでも「やっぱり生まれてきたのは失敗だった!生きるのやめたい!」と思ってしまうことも、ありますよね。

今現在、生きるのがつらく苦しく、今すぐに楽になりたい!

こんなにつらいのに、それでも生きなきゃいけないなんて、ひどいじゃないか。

そう感じている人もいるかもしれません。

では、どうして生まれてきたら、生き続けなければならないのでしょうか。

私は、寿命の死=卒業、と考えています。

地球学校の卒業です。ここでいう「寿命」とは、病気や事故なども含まれます。つまり、自分の手で命を絶つこと意外、すべては寿命で、卒業である、ととらえているのです。

ただし、日本の学校と違うのは、赤点がたくさんある状態でも、時期がくれば卒業できるということ。赤点が多いと、次の学校に入学するとき(次に生まれてくるとき)に、課題を多く持ってきたり、条件が良くない状態で生まれてくる必要があったりするかもしれません。

どちらにしても、卒業したら、とりあえずひとつ上の学校に行けるんですね。在学中、どんなに赤点を取っていても、卒業できれば「〇〇高校卒業」という資格がもらえます。退学してしまったら、それまでどんなに良い点数を取っていても、卒業資格はもらえません。

ゲームで例えると、クリアの条件を満たさないと次のダンジョンに行けないようなものです。次のステップに行けないんですね。

生物にはみな、生まれたからには、人生を全うする義務があります。

これは、今のあなたが望む・望まないに関わらず、地球に生まれてくるときにした契約なんですね。

自殺がダメな理由

先ほど、寿命の死=卒業、とお話しました。

では自殺は何かというと、退学です。

寿命が来れば、赤点を取っていたとしても「卒業」になりますが、自殺をしてしまっては卒業にならないんですね。学びが終わっていないので、もしまた生まれてくることができても、同じような問題にぶつかります。ゲームでいうと、クリアしていないので同じところをグルグル回ってしまうようなものですね。

自殺してしまった魂は、「本来の寿命が来るまで、同じ苦しみを何度も繰り返し味わうことになる」とか、逆に「学ぶことも、成長することも何もできず、本来の寿命がくるまでただただ何もない空間で待っている」等という話を聞いたことがあります。

天国や地獄があるのかどうかは分かりませんが、地獄にすら行けずに、あてもなくさまよっているイメージでしょうか。

死を望んでしまう方は、本当に死にたいのではないと、私は思っています。

本当は幸せになりたいんですよね。でも、幸せになれない。

苦しい状況を改善したいけどできない。

死を望むくらいつらい思いをしていて、人生をあきらめてしまっている…。

もし、そこまで追い詰められてしまったとしたら、とにかく、なんとか生き残ってください。助けを求めてください。国も相談窓口を作っています。

厚生労働省HP

微力ながら、私もお手伝いできればと思いますので、メッセージくださいね(*^_^*)

まとめ・あなたの人生に意味を持たせるのはあなた自身

以上、生きる意味についてお話しました。

これらはあくまでも、あおいわしが本を読んだり考えたりした上で、私なりに出した結論です。でも、真実に近いのではないかと自負しております(笑)

結局、人生は何を選んでも良いんですね。だったら私は幸せを選ぼうと思って、日々を過ごしています。

あなたの人生に意味を持たせるのは、あなた自身です。

山の頂上を目指すか、中腹で満足するか、あなたが決めて良いのです。「あなたのペースで、行けるところまで行きましょう!そのお手伝いができると良いな」というのがこのブログの主旨になります(*^_^*)

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました(*’ω’*)

ABOUT ME
あおいわし
旦那の実家の敷地内に家を建て、同居のような生活を送る三児のママです。心の葛藤→成長を繰り返し、今はいろいろありながらも、義両親とも仲良くやっています。この経験を活かし、今現在、嫁姑問題で悩んでいるお嫁さんのお手伝いをしたいと思い、ブログを書く日々です。